
先日、やっと映画ちいかわを観てきました。
セイレーンも村人も、ヒトハもフタバも、
自身でカルマを生み、それに苦しむ、ひとの無知を象徴するような存在でした。
私たちはこうやって生きて、カルマを作り出し、それに苦しむ。
そこでまた新たなカルマを作り出さないよう、正しい選択をしていけるといいのですが、
現代は「カリユガ」にあるのでとても難しいんだろうなと思います。
少し前の「ちいかわ」は、Twitterにイラストが載っているだけの存在でしたが、
いまは瞬きするたびに「ちいかわ」がある気がします。
「ちいかわ」がひとの心に残るのは、誰もがわかっていてみないふりをし続けている、
ひとの心の弱さや、諸行無常や因果応報で生じる苦しみをさらっと表現しているからなのかもしれません。
